自分は小さいころから、忘れ物が多く、机の中が整理整頓できず、いつもぐちゃぐちゃでした。
連絡帳に、翌日もっていくものを書いてランドセルに入れてもって帰るのですが、帰宅後、テレビを見たりお風呂にはいったりするうちに、連絡帳をチェックするというのを忘れてそのまま寝て、そして翌日必要な持ち物を持たずに学校へいって、学校に到着してから気づくということが本当によくありました。
今でも覚えているうちの1つは、小学校低学年のときに、音楽発表会のようなものがあり、白いブラウスをもっていかなくてはいけなかったのですが、私はそれを忘れてしまいました。その発表会は保護者もたくさん見にきている中で、私は白いブラウスを忘れたので一人だけ黒の私服のセーターをきて参加しました。私の母親はかなり赤っ恥をかいたと思います。
帰宅後、白いブラウスを忘れたことをかなり厳しくしかられました。忘れ物をしたのはもちろんですが、白いブラウスをきている児童の中で、私が一人黒いセーターでかなり悪目立ちし、母親は顔から火が出る思いだったと思います。
もう一つのエピソードはこれも小学校低学年の頃ですが、遠足があったのに、私はそのことをすっかり忘れて、親に言わず、ランドセルで学校に行ったら、みんながリュックサックをしょっていることに気づき、その時はじめて「今日が遠足」ということに気づきました。クラスメート達は「えーなんでランドセルできてるの。今日遠足だよ。どうするの」と私に次々に質問してきましたが、私はどうするこもできず下をうつむきました。結局、クラスのしっかりものの女子が、私の母親の職場に電話をかけるよう促してくれて、母親に弁当とお菓子をもってきてもらいました。
はっきり覚えている大きなイベントの忘れ物は上記の二つですが、平常時も、教科書やノート、鉛筆、体操服を忘れるなどということはほぼ毎日でした。
私が小学生の頃は、今のようにADHDや発達障害という言葉は浸透しておらず、忘れ物やなくしものが多いのは、すべて「だらしがない」からだと親や教師に言われました。
あまりにも忘れ物が多いので、学期末の二者面談で、母親が当時四年生の頃の担任からかなりひどく注意されたようで、私はその二者面談の夜、母親に体罰を受けました。
母親は、「あんたがちゃんとしないからあたしが注意されるんだ。あたしのしつけがなってないからと教師に言われるんだ」とびしばしと私をたたきました。
「なんでちゃんとできないの!どうしたらしっかりできるの!」と長時間にわたっておしおきを受けました。
当時の自分もただ泣くばかりで、忘れ物をする自分が悪いんだと思っていました。
しかし、どんなに注意されてもたたかれても体罰を受けても、自分がどうやったら忘れ物をしなくなるかは見当もつかなかったのです。
そんな忘れものばかりしていた私ですが、中学、高校になると、教科書を忘れても、他のクラスの子に借りるという知恵がつき、どうにかこうにか学校生活を送っていました。
小学校中学年頃から、私はなんとなくクラスから浮いた存在で、友人もクラスにひとりもいない時がありましたが、中学生に入ると、クラス数も増え、それなりに女子の中で空気をよんでやっていくというのがどうにかこうにか経験とともにできるようになっていきました。
また、ありがたいことにこんな自分でも遊びに誘ってくれる友人が少ないですができましたので、平和に学校生活を送ることができていました。
大学に入ると、人数ももっと増えますし、さほど空気をよまなくてもそれなりに気があう友人ができるようになり、一人暮らしをはじめたこともあり親元から離れ悠々自適な生活でした。
しかし、この一人暮らしというのが私にとってまずい状況に陥る要因となったのです。
それは、今まで親元にいたときには生活のことをすべてしてもらっていましたが、一人暮らしになったことにより、掃除、洗濯、料理をすべて自分でやらなければいけなくなりました。料理は、自分が食べることが好きなのでまだよかったのですが、掃除がとりわけ全くできませんでした。
掃除というか、部屋の片づけができず、いつも部屋は脱いだ服やごみでちらかって床が全くみえませんでした。
一人暮らしをしているということで、友人たちが「お部屋にいってみたい。泊まりにいきたい」というのですが、散らかりまくった部屋に呼ぶことはできませんでした。
一度だけ、気心しれたクラスメートの強い希望で部屋に招待したのですが、「ごめん、体調が悪くなったから今日は帰る」といって、二度と部屋に来たいと言われることはありませんでした。
その時、散らかった部屋はどうにか片づけていたのですが、掃除をいつもしていなかったので、ほこりだらけの部屋に友人は内心あきれていたのだと思います。
結局、大学卒業後、就職してからも部屋は散らかった状態で相変わらずごみ屋敷状態でしたが、そんな自分も、結婚してからは夫の協力もありどうにかこうにか部屋を散らかさない状態を保てるようになっています。夫が几帳面な性格できれい好きというのが大きな理由だと思います。
何より私のADHDという特性を理解してくれて気長につきあってくれるのがありがたいです。
今は投薬治療をしながら自分の苦手な部分と向き合い、これからも家族円満に幸せな生活を送っていきたいと思っています。