近年注目を浴びている「発達障害」。昔からクラスに1人は変わっている児童がいたものですが、当時の日本では発達障害に関する認識や知識が少なく、大人になってから自分が発達障害なのではないかと気が付く人も増えてきています。いつもすぐに怒ってしまい、周囲の人とも摩擦が起こりやすく困っていると思ったら、ADHDの可能性もゼロではありません。なぜADHDの人は怒りっぽいのでしょうか?

発達障害は、脳の持つ機能が通常とは異なり、本来であれば自然と身に付くような感情察知や動きが難しいという特徴を多くもたらします。生まれつきや遺伝によるものとも言われていますが、環境ホルモンの影響や、事故・病気などで脳に損傷を受けた場合にも発達障害を併発する場合も。ADHDは発達障害の一つで「注意欠陥、多動性障害」とも言われています。ADHDの傾向があっても多動では無い場合にはADDと診断されることもあります。

「注意欠陥」とはわざとではない不注意が続いてしまうことです。読書や遊びなど何か好きな1つのことには集中することができますが(時には過集中になることも)、興味の無いことに関しては気が向かなかったり、周囲で気になる音がすればそちらに意識が持って行かれやすくなったりという状況に常に置かれているのです。何かに集中するには心が平穏な状態にあることもとても重要な要素ですが、そこには幸せホルモンと呼ばれるオキシトシンが大きく関係しています。オキシトシンは脳内で分泌されるホルモンですが、日常生活の中で嬉しい・楽しいと感じる出来事があると大量に生成分泌されて脳内に十分な量が満たされ、それがさらに相乗効果となって心理的に良い方向へと進むことが分かっています。ADHDの人も嬉しいことがあるとオキシトシンが生成されるのですが、脳の機能がうまく働かず脳内にオキシトシンをうまく留めることができず、血管に乗って体中に流れていってしまうのです。

幸せホルモンのオキシトシンが脳内に十分留まってくれないと、他にどんな症状が現れるのでしょうか。オキシトシンが多いと、何か嫌なことがあっても解決法を考え出したり、「まぁ、いいや」と前向きに冷静に対処しようとしたりすることが出来るようになります。反対にオキシトシンが脳内に不足すると、冷静さがなくなりついカッとなりやすくなり、ネガティブにものを考えるようになってしまいます。ホルモンバランスというものは、バランスの良い食事や運動、睡眠などである程度は自分で改善することができますが、それをいくら生成してもどんどん流れ出て行ってしまうADHDの人にとっては物理的な理由があるために、気持ちをコントロールすることはとても大変になってしまうのです。

傍から見て冷静な人というのは、感情をきちんとコントロールすることができるという点で、いろいろと苦労をしてこの境地に達したのかもしれないと尊敬の目で見ることもできます。それなりに辛い経験を経て、現在の冷静さを手に入れたのかもしれません。ところが、ADHDの人は始めからもっとたくさんの苦労を経験しています。そして本人だけでなく支えている家族や周囲の人も同様に大変な思いをして日々を積み重ねています。ADHDの人も、怒りたくてすぐに怒っているのではないということを理解しましょう。一番大変な思いをしているのは本人です。オキシトシンが治療薬として認められるかもしれないというニュースもちらほら見られますが、もしそうなれば画期的なこと。脳の前頭前野の活動をオキシトシン投与にて活発化させることで、相手の気持ちをさまざまな情報から掴み取るという力を助け、怒りっぽさも減ると考えられています。

ADHDを含む発達障害の症状を軽減させるためには、脳の機能を正常化させるために物理的に補助をすることは、原因と結果を考えれば合理的と言えます。しかし薬物療法を用いることで副作用があることも覚えておく必要があります。向精神薬は大人の発達障害の人にはメリットも大きいかもしれませんが、長期服用によるデータがまだまだ不足している現状では、脳も体も成長過程の子どもに服用させるには慎重な姿勢が必要なようです。授業に集中できるようになった、冷静さが出てきたなどの目の前の効果だけを考えず、長い目で人生を考えていくことが理想です。

ADHDかな、と思うような人が学校や職場にいる場合、周囲の人ができることは「本人も好き好んでこの状況を作っているのではない」という事情を理解すること。常に怒りっぽい人がいるのは周囲も大変ではありますが、ちょっとした声掛けで本人の大変さがずいぶんと減ります。ADHDの人は笑いや芸術へのセンスが高い人も多く、良い面もあることでその人なりを丸ごと見ればプラスマイナスゼロなのです。周囲の人にとっても良い刺激を与えてくれるという場面もあるでしょう。みんながお互いに苦手な部分を助け合い、楽しいことはより楽しく、諍いなく暮らせる世の中にしていければ、それが一番ではないでしょうか。